斎藤利郎著『老年の人間の生き方』を連載します。 本書は、NPO法人家族のこころのケアを支援する会主任教授である斎藤利郎が、電話相談者のための研修にて発表した講演録に加筆修正したものです。

老年の人間の生き方 その13

| コメント(0) | トラックバック(0)

これまで話したことに、付け加えることはありませんが、最近、考えていることを「おわりに」とします。

地下鉄日比谷線の小伝馬町駅で降りて、二分ほどのところに知人がかつて通学した小学校があります。現在は、地域の社会活動に開放されて、さまざまな団体が利用しています。わたしたちも月一回、その一角を利用して、みんなで勉強会をしています。「ここは理科室であったね」と言う知人のことばに、これまで体感したことのない現実を突きつけられたような身震いを感じました。「ああ、廃校になったのだ。この建物を自分たちの空間として、利用する子どもがいなくなったのだ」と実感しました。少子化を現実に体感しました。そして、今ここで、この校舎で学んでいるのは、頭髪が後退して額の幅がひろくなり、軟骨のコラーゲンが減少して足腰の痛みに耐え、入歯のために自己表現に苦労する老年の人間です。
小学校の建物が、その本来の目的では使用されなくなりました。が、現在でもかたちや内容、目的を変えて利用され、役に立っています。この事実は、何かを老年の人間に語りかけているように感じます。たしかに老年の人間は、この世界、この社会、このわたしたちの家庭・家族を創ってきました。それは、老年の人間の威張ることのできることです。そして、廃校、いや、老年の人間になりました。もう必要がないと取り壊されるもよし、まだ利用価値があると目的を変えて再利用するもよし。

 最後に、ゲシュタルト・セラピーの創始者フリッツ・パールズの示唆に富んだことばを紹介します。

「もしあなたが気が狂ったように振る舞いたい、自殺したい、(状態を)改善したい、『ヤク』をやりたい、あるいは、自分の人生を変える経験をしたいというなら、それは、あなたにたいして現実のものとなる。わたしは、わたしのことをする。あなたは、あなたのことをする」(Gestalt Therapy Verbatim, 1969)。


おわり

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.ts-family.org/mt/mt-tb.cgi/33

コメントする

このブログ記事について

このページは、adminが2010年4月26日 08:33に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「老年の人間の生き方 その12」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。