斎藤利郎著『老年の人間の生き方』を連載します。 本書は、NPO法人家族のこころのケアを支援する会主任教授である斎藤利郎が、電話相談者のための研修にて発表した講演録に加筆修正したものです。

老年の人間の生き方 その12

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「うつ」は、うつうつと......
 老年の人間の「うつ」は、わたしのファミリー・セラピストの経験によれば、こうした喪失が(寂しさと同意語として話しますが)、根源にあるように思います。認知症についても医学的な脳の機能障害にいたるプロセスには、喪失が深く関係しているように感じます。老年の人間の喪失で、特に重視したいのは、伴侶との離別と経済的な喪失のようにみえます。もちろん例外もあります。わたしが出会ったひとりの女性がこんなことを話してくれました。退職後まもなく夫が身体をこわして入院しました。そのとき彼女は、夫の退職金を含めた夫婦のあらゆる預金を計算して、「この人の入院がどれほど長期化するかわからない。決して無駄使いはできない」と、ケチに徹しました。ところが入院があまり長期化せず夫が亡くなられたのです。夫の死後しばらくして、彼女は「ああ、このお金は全部わたしが使ってもいいんだ」と気づきうれしくなった、というのです。

対象喪失のプロセス
 こういう方もおられるのですが、多くの場合、対象喪失のプロセスをとおることになります。そのプロセスとは、このようなものです。伴侶の死の次に「ショック期」、第一期ともいいますが情緒的危機がやってきます。伴侶の死に立ち向かい、毅然と葬儀を執り行うのです。第二期は「苦しみ・悲哀のプロセス」です。亡くなった伴侶と自分に対する怒り、十分にケアしたか、「あのときああしてやったら、からだに悪いと好きなものを食べさせなかった......」など罪意識、ときには今はいない伴侶の幻視や幻聴に悩まされる。そして第三期は、回復のプロセスと「うつ」状態から自殺へのプロセスの二極に分かれます。一応形態化させましたが、こうしたプロセスは、実際は、大変複雑でこれほど単純なものではありません。

 わたしの義理の母の例ですが、義父の通夜のあった日の翌日、階下に住む義母を起床しに行きました。雨戸を開けながら「義母さん、起床きましたか。出かける準備をしましょう」と、声をかけました。しかし、義母が起床きだす気配が感じられませんでした。わたしは「失礼します」と言って、義母の寝室の部屋の障子を開けました。ところが義母がベッドにいないのです。でもトイレに行った様子でもないのです。よく注意してみると、ベッドの反対側の端から、二本の足がニョキッと突き出ているのです。トイレに行こうとベッドから身体を起こして、そのままベッドから滑り落ちて立ち上がれなかったのでしょう。通夜のあと義母の部屋で、一緒にねる配慮に欠けていたことを悔います。それ以来、彼女は立ち直ることができませんでした。

経済的な喪失
 いまひとつ、経済的なことと関係するように思われる例を挙げます。友人の紹介で、お二人の姉弟がわたしたちの研究所を訪れました。お二人とも独身で過ごしてこられ、六十歳代後半の姉の様子がおかしいと、弟が付き添ってやってきました。わたしたちのことばでお姉さんがクライエントです。クライエントは「わたしはどこも悪くない」と言います。弟は「姉は食欲がなくなり、夜も熟睡できず、最近は食事の支度もできなくなっている」と主張します。クライエントは、話をしながら自分の両目の目蓋を指でしきりに吊り上げています。「どうかなさいましたか」とききますと、「目蓋が落っこちてくる」と言います。すかさず弟が「落っこちていないよ」と、怒鳴るのです。

 そして、弟は「こんなにおかしくなったのは、預金がほとんど底をついたからです」と言うのです。弟の話によれば、クライエントは、女学校を出てからずうっと、ある建設会社に勤め経理を担当しています。バブルがはじけていらい、この会社も収益が下降線をたどり、支払いにも苦慮するようになりました。そこでクライエントは、自分の預金を切り崩して支払いにあてるようになったのです。たしかにおかしい話です。しかし、弟がはなす話が本当であるとすれば、退職後の生活の支えを失ったクライエントのこころを「うつ」状態にさせたのは、経済的喪失であって当然かもしれません。その後、姉弟で話し合って、姉の預金を取りもどすために訴訟をおこすことになりました。

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このページは、adminが2010年4月20日 12:01に書いたブログ記事です。

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