斎藤利郎著『老年の人間の生き方』を連載します。 本書は、NPO法人家族のこころのケアを支援する会主任教授である斎藤利郎が、電話相談者のための研修にて発表した講演録に加筆修正したものです。

老年の人間の生き方 その9

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何がめでたしか、定年後の男女は新・婚
 いろいろ話し合っているうちに、興味のあることが分かりました。子育て、教育、それらを支えるための活動と収入、家の購入とその維持費など。それらの役割と機能を夫婦で分担して生活している間に、人生に関するお互いの考え方や姿勢に相異がひろがっていた、ということです。家族ライフサイクルの考えからみれば、この時期は、肉体的な衰えに直面して、自分自身と伴侶の行動や興味を持続させることへの配慮と、新しい社会的な役割や一族の中での自分にできる新しい社会的な役割を発見することですが(E.H.エリクソン)、「自分自身と伴侶の行動や興味を持続させる」のは、相当な犠牲が必要なのでは......と感じます。わたしは、老年の夫婦は、新・婚なのではないか、と考えます。新しい視点でお互いを理解する必要があるのではないでしょうか。その考えがセラピーにも影響を与えるように思います。

 彼らは、自分たちの道を歩むことを決めました。夫は、都内から近距離の農村に小さな家を借り、農作業にいそしむことにしました。月に一、二度東京へ戻り、夫婦で映画を観たり、食事に出かけたりすることになりました。妻芳江さんは、これまでどおりの生活を送りますが、夏には一ヶ月ほどその農村へ行ってもよいと言ってます。まあ、うまくいけば理想的な解決方法ではなかろうか、と思います。

生を創造する 晴耕雨読を夢みて
 世界的なピアニストのエルンスト・ザイラーさんが、妻の和子さんといっしょに京都の胡麻の里に移り住んで晴耕雨奏(雨読ではありません)の生活をされていると、『ザイラー夫妻の晴耕雨奏』(立風書房)で読みました。おふたりの生活は、大変魅力的なものです。まず、大きなかやぶき家を移築改造した家です。あの文化遺産にもなっている高山の里のかやぶき家そのものに住み、大きな2台のグランド・ピアノをせあわせに置いて、演奏会を行います。写真によりますと、吹き抜けの二階のギャラリーから人びとがふたりの演奏を楽しんでいます。次は、ピアノの演奏家にとっては指はとても大切だと思いますが、何とふたりはその指で田植えまでします。1990年11月から1991年10月の日記があります。その一部を引用します。「......こんな不順な天候でしたが、かやぶき音楽堂『迦陵頻度窟』でのピアノ・デュオ・コンサートの二日間は、雨も降らずさわやかな日和でした......それにしても12袋のお米が収穫でき、子どもたちのお弁当とわが家の一年分、そして、かやぶきコンサートにきてくださるかたがたにお出しするおにぎりの分は十分穫れました......」。彼らは自分たちのことをピアニスト・タンボニストとよんでいます。

 かやぶき屋根の吹き替え中に、手伝いにきていた友人がマムシに噛まれるという事件もありますが、多くの友人や村の人びととの交流、そのやさしさと懐の深さを読みとりながら、老年の人間の生の創造力というか、クリエイティヴィティが刺激されます。
 老年の人間に問題があるとすれば、「寂しい」、「孤独だ」ということが根源にあるように感じます。先年、亡くなられましたが、評論家の式田和子さんが「老いは未知の世界、年はとってみなければわからない」(『老いの常識』マガジンハウス:2000)と言います。老年の人間になってみて、その孤独さが、寂しさがわかるのですね。斯く話す式田和子さんですが、実生活ではとても豊かな老年の季節を過ごしていました。若い人びとと連歌をたのしみ、創作意欲も衰えませんでした。何度か講演を聞きました。そのはりのある声、家を訪問した知人には手早く菜っ葉の焼き飯をつくってくれたそうです。客をもてなす心意気を学びました。

 こうしてわたしの老年の人間の季節は、自分の生をいきる季節、心理ゲームをするかわりに、自分の「いま、ここ」をよろこぶ生をいきることを感じています。老年の人間は、ある年齢にいたったので、お迎えがくるというものではありません。「昨日まであんなに元気だったのに、死んだなんてうそでしょう......」。うそじゃないんです。でも精一杯自分の生をいきることにします。
 自分が学習し、経験し、観察したことをいろいろ話してきました。そして......はたと老年の人間である自分自身の生を、わたしはどのように生きているのか、あるいは、生きようとしているのかを、自分に問うているわたしに気づきました。

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このページは、adminが2010年3月27日 08:31に書いたブログ記事です。

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