斎藤利郎著『老年の人間の生き方』を連載します。 本書は、NPO法人家族のこころのケアを支援する会主任教授である斎藤利郎が、電話相談者のための研修にて発表した講演録に加筆修正したものです。

老年の人間の生き方 その8

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楽しくない結末

寂しいと言えない
 わたしたちは、月に一度、カウンセリング(セラピー)を学習しあっています。この2・3年は、ナラティヴ・セラピーの技法習得に努めていますが、その仲間に定年退職の夫と生活を共にする女性が何人かいます。そこで定年の夫が話題にのぼります。「今朝、駅まで送ってくれるというのよ。うれしかったわよ、そりゃ。でもね、車を降りるときに、『おい、何時に帰るのお』ときくのよ。もうガッカリ。わたし、『終ったらかえるわよ』。どうして『ジャ、気をつけてな』と言えないんでしょうかね」と。こういう夫を「濡れ落ち葉」というんだそうですが、「キミが出かけるとさびしいねえ」と、言えないんですね。日本の男性ですかね。

 ちょっと私事になりますが、出勤する妻(まだ現役です)にむかって、「何時ごろ帰るのぉ」とききました。返ってきた返事が「いつもの通りよ!」と、鬼のような顔をして怒鳴りました。このときのわたしの反応が肝心です。「何だ、その態度は!俺は、ただ聞いただけではないか!」では、ダメです。妻の胸中には「俺の飯はどうなる」と、わたしが言っているようにきこえているかもしれません。たぶんきこえています。ですから「おお、そうか。わかった」という対応の術が必要ですね。大江健三郎さんは、「さとる」とは、「さまざまな事象について考えることを言葉にする」と述べています。いいですねえ。「さまざま考えたことをことばにする」のですよ。

ゲームは楽しくない
 こういうのを「心理ゲーム」というのですが、結末は、決して気持ちのよいものではありません。期待しないでください。最近、老年のカップルのカウンセリングが増加しています。定年後5年になるご夫婦がわたしたちの研究所にやってまいりました。夫は70歳、妻が62歳です。「別れる」ということで財産分与のことで相談にこられたというのですが、それは、わたしの領域ではないので弁護士の先生の出番だと感じましたので、そのように伝えました。でも、何かもぞもぞして腰を上げないのです。この夫婦「心理ゲーム」をやって収拾がつかなくなったのです。そこで「別れましょう」、「ああ、いいだろう。だが一銭もくれてやらんぞ」。「いいえ、いただきます。年金の半分はわたしの権利です」「権利だと......俺の権利はどうなるのだ」。これを何日もつづけて収拾がつかなくなったというわけです。

 夫がしみじみと言いました。「定年後は、本当に孤独ですね......寂しいですよ、ほんとうに......朝目覚めて、何もすることがないんですから......妻は、きょうは高校時代の友人と食事会だ、明日は料理教室だ、お花の稽古だ、と毎日でかけます。子どもたちが独立して出て行った空っぽの家に、わたしだけが何もすることがなく居るのです。テレビの時代劇チャンネルだって、もう見飽きましたよ」。そこで、妻に「こっちを向け!」と、ストロークを求めていったわけですが、「それは、わたしの問題ではないわ。趣味をもつべきよ」ということになります。脱線しますが、臨床心理士のなかにも、クライエントが何もすることがないと訴えると、「趣味を持て」という先生がいます。そんなこと言われなくともよくわかっているのです。でも、そのことばは問題解決にはならないのですねえ。

 ところで、わたしも相当にいじわるですから「ところで芳江さん(仮名)、あなた、これから先、何年生きるおつもりですか」と言いました。「さあ、知りません。神様がいいと言うまでですよ」。「OK、俊夫さん(仮名)から年金の半分をもらって生活を始めます。ローンの終わった家を売って、そのお金で新生活に必要な家を購入なさるか、借ります。半分の年金でどんな生活が待っているのでしょうかねえ......」と、さらに言いました。するともごもごしながら「貯えがありますから......」。すかさず夫が「それは俺の退職金だろうが、うん、ヘソクリか......それはもともと俺の金だ」。ともかく離婚せず、お互いを生かしあう生活を考えることになって、メデタシでした。

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このページは、adminが2010年3月19日 08:16に書いたブログ記事です。

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