斎藤利郎著『老年の人間の生き方』を連載します。 本書は、NPO法人家族のこころのケアを支援する会主任教授である斎藤利郎が、電話相談者のための研修にて発表した講演録に加筆修正したものです。

老年の人間の生き方 その5

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「ひまつぶし」:時間の構造化

 永六輔さんのことばを引き合いに、嫁と姑の葛藤、あるいは昔流に「嫁いびり」の話をしましたが、羽化期をながいと感じる老年の人間は、その使い方に苦慮 するのです。暇でひまでしょうがないのです。これを専門用語で「時間の構造化」と言います。交流分析の技法を開発したエーリック・バーンというアメリカの 先生が、「自分に与えられた時間をどのように用いるか、人間は、いつもその枠組みを決めることに苦慮する」と言っています。この時間の構造化を六つの枠組 みに分けることを提案しています。
 他者とのかかわりの少ないものから、順次かかわりの深いものを挙げてみましょう。第一に引きこもり(自閉)です。次に儀礼(儀式)、ひまつぶし(社交)、活動(仕事)、心理ゲーム、親密とつづきます。活動、つまり、仕事を引き上げた(切り上げた、でも、引退ではない......)老年の人間は、他人とのかかわりが少なくなる、という基本的状況にあります。「ひまなとき」が増えるのです。そこで「ひまつぶし」という時間の構造化をすることになります。

注:近藤勉(2002)『よくわかる高齢者の心理』(ナカニシヤ出版)......ではいったい離脱か、活動か、どちらが幸せな老後の生き方なのか...... Neugarten, B. L. と Havighurst, R. J. によって、次のような考えがだされた。それは、社会活動を維持することによって幸せな老後を送る人と、社会活動から脱し自らの内なる世界に関心を向け幸せな老後を維持する人がそれぞれいる。それは中年期以後のその人のパーソナリティによって異なる......

 「いい母だったですよ、昔は.........」と、嘆息する友人のことばは、意味深長です。というのは母親の性格が変わってしまった。なぜなら一緒に生活する前は、母親と妻(嫁)は、実の母娘のようだと人びとから言われるほどよい関係であったのだから。「お母さん、わたしの子どものころの母親にもどってくれ!」というのが、彼の内なる叫びのようにきこえます。でも、本当に性格が、そんなに変わったのでしょうか。そうではなくて、ただ時間の用い方、時間の枠組みづくりに苦慮しているだけのようにみえます。脳の機能障害を含めた病気を除外してですが。

現役だった季節
 かつては、老年の人間、姑も舅も現役だったのです。職業人であったか、専業主婦であったか、専門職やキャリアであったかなどは問題ではなく、とにかく自分の快適で豊かな生活や自分の人生、自分自身の自己(セルフ)を創り出すために、難しく言えば、自分のアイデンティティを確立するために、他をみる余裕などなかったのです。一日働きづめで疲れ果て、帰宅の電車に乗ったときには、そこが優先席であるかどうかなど気にもせず、「ああっ、席がある。座れた。よかった!」と、疲労したからだを座席にもたれかけ、そのからだをいとおしむのです。ところがいまは、ありあまる時間的余裕があるのですから、他者やでき事が気になって気になってしかたがないのです。こうなると「適当なひまつぶし」という時間の枠組みづくりに没頭することになります。

 老年の人間の「ひまつぶし」で、こんな経験をしました。JRの車内のでき事ですが、ある日曜日の午後、わたしは、中央線の電車の入口近くの座席に腰を下ろしました。左隣に、つまり、入口の側に手荷物を座席においた、ひとり半ほどのスペースを占有して、ひとりの紳士が座っていました。最近のわたしは、これまでに買い込んでおいた大江健三郎さんの小説を読むことに夢中になっているのですが、その日も、電車のなかでそれらの一冊を読みふけっていて、わたしの左隣のその紳士がどこかの駅で下車したことに気づきませんでした。とある駅(荻窪駅であったかもしれません)に到着して電車のドアーが開くと同時に、わたしの膝を指先でトントンとたたき、「もっと左に寄れ」と言って、さっと電車を降りて行った人物がいました。はっとして顔をあげ、その人物を目で追いかけますと、それは小柄な白髪の老年のひとでした。その敏捷さにあ然としながらも「敵もやるなぁ」と、わらいがこみあげてくるのを覚えました。
 「こやつ、俺にたいして適当なひまつぶしをやりおったな」と、こころのなかで思ったからです。
 たぶんこの老年のひとは、わたしの左隣の紳士が下車したあとのひとり半の空席が、気になっていたのでしょう。「もっと左によれば二人は座れるのに。あいついい歳して学習しておらんなぁ......」と、何時わたしに警告をしようかと、その「とき」を窺っていたのでしょう。いやはや暇人じゃねえ、ということになります。

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このページは、adminが2010年2月23日 17:33に書いたブログ記事です。

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