斎藤利郎著『老年の人間の生き方』を連載します。 本書は、NPO法人家族のこころのケアを支援する会主任教授である斎藤利郎が、電話相談者のための研修にて発表した講演録に加筆修正したものです。

2010年2月アーカイブ

「みえてくる」
 大江健三郎さんが『伝える言葉プラス』(朝日新聞社)のなかで、こんなことを言ってます。
「『知る』から『わかる』と進むことで、知識は自分で使いこなせるものとなります。そして柳田(国男)は『覚える』の次に『さとる』を置きますが、私は『わかる』の先にも『さとる』があるように思います。それは知ったことを自分で使えるようになることから、すっかり新しい発想に至ることです」
 老年の人間は、物事を「知る」から「わかる」、つまり、「みえる」ようになったのだと思います。わたしのことばで言えば、「みえてくる」、「みえてきた」のです。

「ひまつぶし」:時間の構造化

 永六輔さんのことばを引き合いに、嫁と姑の葛藤、あるいは昔流に「嫁いびり」の話をしましたが、羽化期をながいと感じる老年の人間は、その使い方に苦慮 するのです。暇でひまでしょうがないのです。これを専門用語で「時間の構造化」と言います。交流分析の技法を開発したエーリック・バーンというアメリカの 先生が、「自分に与えられた時間をどのように用いるか、人間は、いつもその枠組みを決めることに苦慮する」と言っています。この時間の構造化を六つの枠組 みに分けることを提案しています。
羽化した人の短くもあり、また、ありあまるときの季節

 わたしは、老年の人間のとき、つまり、老年の人間の季節を「短くもあり、また、ありあまるときの季節」と、あいまいに表現しましたが、これは老年の人間 のこの季節の生き方、考え方、発想の転換、あるいはそのひとのアイデンティティなどによって、どちらとも捉えうる、ということを示唆しています。

羽化したものにふさわしく・詩人メイ・サートンに出会って
 大変猪突ですが、ベルギーからの亡命者で、アメリカ人の詩人、小説家メイ・サートンの『82歳の日記』(みすず書房)との出会いを少し話します。この日記は、1993年7月25日から1994年8月1日までの口述筆記によるものですが、執筆活動が彼女の仕事とはいえ、82歳にして、なお創作意欲を持続する女性、しかも翌年1995年には召されたこの女性は、どのような生命への洞察と挑戦をされているのか、うずくような興味と関心がうちから起こりました。

老年、老人という用語

 池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』を読みますと、「若年寄京極備前守」とか「老中......」という江戸幕府の職名がたびたび出てきます。これらの職名の人物は、主人公長谷川平蔵の上司です。広辞苑によると、老中は「幕政を総理し、大名の事を扱い、遠国の役人を直轄した」と記しています。さらに「老」については、「(三)臣下の長、重要な役職、「家老」「老中」......(五)年功・経験を積むこと。物慣れていること。また古くからあること」として「老獪」「老練」「老舗」などを挙げています。最後に、「老子の略」とあります。老子は、ポストモダンの考え方にもっとも近い「自我を捨て、無為自然の道に従え」と、ローカル(グローバルではない)の社会を説いた紀元前四世紀ごろの中国の思想家ですが、わたしたち日本人にもよく知られています。わたしが若いころ傾倒したヒッピイたちの「自然に帰れ」の合言葉に通じます。
 それはともかくとして、老年の人間(大江健三郎さんの用語)は、用語法的には、「あまりよくない」というイメージにはほど遠い感覚を、わたしに与えます。というよりはむしろ、老年、あるいは老人という表現は、敬語、あるいは謙譲語ですらあるように感じます。なんとよい響きでしょう。うれしくなります。したがって、わたしにとっては「老」という語は、差別用語というイメージではなく、他者から敬意と何らかの羨望を含意するイメージです。

人びとのイメージ

 老年期を話します。正確には、老年の人間の生きざまを話します。それがわたしに与えられたこの講座のテーマです。このテーマを話すようになって、すでに七年ほどになります。第一回目だったと記憶していますが、講座終了後の受講者のレポートのなかに、「講師も高齢であったので話がよくわかった」という記述を発見して、いささかムカッときたことを憶えています。そして、六年後のきょう、受講者のみなさんから同じことを言われたとしても、たぶん冷静でいられそうです。老年の人間になって、わたしの性格が円満になったからではありません。少し考え方、というよりは自分に対するわたし自身の見方を変えたからです。

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